2022年度 実践ゼミ1「作品鑑賞と〜ながラー」

全7回の基礎ゼミを終えた~ながラーの学びをより深める実践ゼミを「作品鑑賞と~ながラー」「アクセスと~ながラー」「地域資源と~ながラー」のテーマの3本立てで実施しました。

実践ゼミ1「作品鑑賞と~ながラー」では美術館に来館する多様な来館者に寄り添い、作品鑑賞を楽しんでもらうために、専門家ではない“アートコミュニケーター”はどのような意識で作品を見て、来館者にどう楽しんでもらうか、実践を交えながら学び考えます。

担当:濱野かほる

第1回『作品を鑑賞すること』

講師:会田大也さん(山口情報芸術センター(YCAM)学芸普及課長、国際芸術祭「あいち2022」ラーニング・キュレーター)
実施日時:2022年8月20日(土)10:30~15:00
場所:岐阜県美術館 アートコミュニケーターズルーム
会田大也さんの取り組みや活動についてと、作品を鑑賞することから始まる学びやコミュニケーションについてお話しいただきました。そして、美術館とはどういう場所か、考え方そのものを更新していくようなお話を共有する時間となりました。

キーワード:
・ミュージアムは「他者」と出会う場所
・他者に対する価値を知る

このキーワードから、作品を見るだけに終わらない対話型鑑賞を学ぶ重要性についてお話しいただきました。
作品の鑑賞を通して意識することは、他者の存在を拒否するのではなく、想像しようとすることを続けることです。他者に対する価値を知ることで自分が拡張されていきます。作品を見ることを支点に他者との関係性を深めるという内容が印象的です。

さらに、対話型鑑賞の歴史とともに、対話型鑑賞のもつ『ちから』について話していただきました。
対話型鑑賞において重視される3つの問いかけは
・何が起きている?
・どこからそう思う?(作品があなたにどう語らせたの?)
・もっと発見がある?(別の可能性をどんどんさぐっていく)

よい対話型鑑賞とは、ただ技法を身に付けただけでできることではなく、自分自身が良い鑑賞をすることで「『私』がどこからそう思ったのか」自分がどう鑑賞したかを振り返ることが重要となります。
その後、プロジェクターで作品を投影し、会田さんのファシリテーションで実際に対話型鑑賞を行いました。

キーワード:
・他人の意見にリスペクトのある対話だったか
・驚きや発見が生まれたか
・対話が積み重なって一人ではたどり着けないような道順を辿った鑑賞であったか
・ロジカルであったか、議論が積み重なったか

鑑賞者がファシリテーターの問いかけによって、自分の言葉を話し、他者の意見を受けてさらに言葉が重なり、それらの要素が積み重なった結果、鑑賞者の考えが変化していける鑑賞ができたかどうか。それが、良い鑑賞体験だとお話しいただきました。

この後の実践ゼミでは美術鑑賞法のひとつであるVTS(Visual Thinking Strategies)の手法を学びながら、実際に展示室や作品の前でファシリテーションの練習を行い、実践ゼミ1の最終回には、再び会田さんに講師として登壇していただき、総括していただくことになりました。

※VTS=対話型鑑賞教育(Visual Thinking Strategies)は、アートを通じて鑑賞者・学習者の「観察力」「批判的思考力」「コミュニケーション力」を育成するニューヨーク近代美術館(MoMA)で始まった教育カリキュラム

第2回『VTSのキホンのキホン』

実施日時:2022年9月17日(土)10:30〜15:00(昼休憩12:00〜13:00)
講師:濱野かほる(岐阜県美術館 普及業務専門職)
VTSの基本を学び対話型鑑賞のファシリテーション方法や必要性を学びました。

・午前 対話型鑑賞をしよう
まず、基礎ゼミで学んだ作品を見るという行為や第1回実践ゼミ1の会田大也さんの講義を振り返り、あらためて「なぜ、対話型鑑賞が良いのか」「ファシリテーションの手法を学ぶとはどんな事なのか」を復習しました。

まずは、彫刻体操「同じポーズをしてみよう」のアイスブレイク。
プロジェクターで映し出されたのはオーギュスト・ロダン《考える人》。これを10秒見たのちに同じポーズにチャレンジします。
よく知っているはずの彫刻作品でも右ひじの置き方、左手をどこに置くかなど、細かなところまで十分に見ていなかったことに気付きます。

次にプロジェクターで絵画作品を投影して対話型鑑賞を体験しました。

使用作品
クロード・モネ《散歩、日傘をさす女性》1875年
フィンセント・ファン・ゴッホ 《Gauguin's chair》1888年
サルバドール・ダリ《パン籠(恥辱よりは死を!)》1945年


・午後 所蔵作品研究とファシリテーターの練習

午後は岐阜県美術館の所蔵作品の研究にチャレンジします。

まず、グループに分かれアートパネルの作品を注意深く鑑賞していきます。
作品のカラーコピーをしたものと、作品パネル、付箋を使用しながら
・客観的事実(どうみても〇〇)
・主観的解釈(私には〇〇に見える)
をそれぞれ書き出していき、次に客観的事実と主観的解釈をつなげていきます。作品の解釈をペンのラインでグループ分けしながら、模造紙に付箋を貼っていきました。グループで1つの作品を分析し研究することで、1人では気付かなかった部分や表現、自分とは異なった見方を共有することができました。
 

次にファシリテーターとコーチングの担当を決め対話型鑑賞にチャレンジしていきます。
VTSの基本フレーズや基本テクニックを意識しながら「自分が話すのではなく、鑑賞者に話してもらう。」「よく聞く。聞ききる。」「どんな感想も肯定的に受け取る。」これらの事に注目してファシリテーターにチャレンジしてもらいました。

使用作品
・オディロン・ルドン《アポロンの戦車》1906-07年頃
・オディロン・ルドン《神秘的な対話》1896年頃
・ポール・セリュジエ《森の中の焚火》1889-90年頃
・河合玉堂《駒ヶ岳》1914年

第2回目の~ながラーの声
・他の人の感じ方や見方を聞いて感動と驚愕で鳥肌が立ったり、他の人と一緒に作品を鑑賞する楽しさってこういうことだったのかと改めてその魅力を発見しました。
・中でもゴッホが描いた椅子の絵については今朝になってもあれこれと考えを巡らせていました。対話型鑑賞を体験したその時だけで終わらせず、帰宅してからも皆さんの意見や視点を思い出し、スタッフの解説も踏まえてみると、もう一歩進んだ鑑賞を自分なりにできたような気がします。
・意見を出し合ってからもう一度作品を見ると、作品の色でさえも暗く見えたり明るく見えたり、と変化したように感じて、とても楽しかったです。個人で鑑賞していたら辿り着かなかった世界を味わうことができました。

第3回『ファシリテーター実践』

実施日:2022/10/15(土)、10/16(日)、11/19(土)、11/20(日)
時間:各13:30〜16:00
講師:濱野かほる(岐阜県美術館 普及業務専門職)
対象展覧会:「開館40周年記念 美術館の名品ってナンヤローネ 岐阜県美術館名品尽くし!」第2部
VTSの基本を踏まえ、全4日間にわたり展示室内で本物の作品を前にファシリテーターの練習をしました。

展示室に入り、ファシリテーター、コーチ、鑑賞者に分かれて対話型鑑賞を行い、ゼミ参加者全員がファシリテーターに挑戦しました。

対象作品
・ポール・セリュジエ《急流のそばの幻影 または妖精たちのランデヴー》1897年
・山本芳翠《浦島》1893-95年頃
・加藤東一《ある行進》1974年
・日比野克彦《WEDDING CAKE》1980年

それぞれがファシリテーターをするにあたり活動前に目標を立て、ファシリテーター(鑑賞会)15分、振り返り5分を一人のもち時間とし、計4作品の鑑賞を繰り返しました。

展示室での鑑賞が終わる毎にホールへ移動し、その場で振り返りを行います。

ファシリテーターは対話型鑑賞の基本的な声掛けはもちろん、鑑賞者が感じたことを何でも話してもよいのだ…という雰囲気づくりや、鑑賞者の中に作品との新しい出会いが生まれるように場を作ることも大切になります。

~ながラーの声
・いい時間をすごしてもらう。楽しい鑑賞タイム。など各自のテーマにそった対話型鑑賞が出来たと思いました。
・いろいろな方がファシリテーターをする対話型鑑賞に参加する事で、たくさんの気付きや学べる部分があり、テクニックを説明で学ぶだけでなく、実践で学ぶ事の大切さが分かりました。
・今回は最初から題名が浦島であることを伝え、1分間の鑑賞タイムに入る前に自分がイメージする浦島太郎との違いについて考えながら見てほしいとお話ししました。また最初の質問も「この絵の中で何が起こってますか?」という基本の質問ではなくイメージする浦島太郎との違いを聞くような形としました。最初の質問にこだわり過ぎてしまった部分もありましたが、鑑賞者に助けられ、楽しく会話することができました。

 

第4回『じっくりたっぷり鑑賞会』

実施日時:11月26日(土)14:00~15:30
対象展覧会:「開館40周年記念 美術館の名品ってナンヤローネ 岐阜県美術館名品尽くし!」第2部
一般参加者:8名
参加〜ながラー:20名
ゲスト:日比野克彦 (岐阜県美術館長)

鑑賞作品
・ポール・セリュジエ《急流のそばの幻影 または妖精たちのランデヴー》1897年
・山本芳翠《浦島》1893-95年頃
・加藤東一《ある行進》1974年
・日比野克彦《WEDDING CAKE》1980年
・アリスティッド・マイヨール《山羊飼いの娘》1890年頃


VTS基本を学び、展示室での練習を経て、来館者を招いての作品鑑賞会をおこないました。

この日は来館者を招いての鑑賞会を行いました。ファシリテーターやそのサポートはもちろん、受付や誘導、司会進行など鑑賞会を全体的を~ながラーが企画運営しました。

まず、~ながラ―によるアイスブレイク。岐阜県美術館の庭園にあるピエール=オーギュスト・ルノワール《勝利のビーナス》と同じポーズを取って体を使った楽しい鑑賞体験をします。
展示室での注意事項を説明した後に、展示室へ移動。グループに分かれ作品を鑑賞し、終了後はアートコミュニケーターズルームにて来館者と~ながラーで本日鑑賞した作品についてじっくり話す時間を設けました。
また、日比野克彦館長よりイベント参加者に向けて「実際に絵に描かれている世界より広い世界を想像し、1人で鑑賞するより深く広く鑑賞できる」と対話型鑑賞の面白さや興味深さについてお話しいただきました。

~ながラーの声
・絵の中の話題とか少女の背景などにも話が及び、「もう少し話していたいな」と感じられたのは嬉しいことでした
・美術の専門家でなく「~ながラー」として行う対話型鑑賞としては、やはり「楽しむことファースト」を忘れずいきたいと思います
・振り返りの際、参加者の方が「14の目で観るってすごいね」と言われたのが印象的でした。他の人の目になることはできないけれど共有することで自分の中にたくさんの目を感じることができ、それを楽しんでくださったことがとてもうれしかったです。


第5回『作品鑑賞と〜ながラー最終回』

実施日時:2022年12月25日(日) 10:30~15:00(休憩12:30~13:30)
講師:会田大也さん(山口情報芸術センター(YCAM)学芸普及課長、国際芸術祭「あいち2022」 ラーニング・キュレーター)
作品を見ることから始めて、対話型鑑賞をやってみて…会田大也さんにお話を伺いました。

まず初めに8月から始まった実践ゼミ1~鑑賞会まで『作品鑑賞と〜ながラー』をふりかえります。
続いて会田さんから1グループ4名のワールドカフェ形式で「今回の実践ゼミ1について1年を通してどうだったか」感想を交わしました。

その後、会田さんより「作品を前にして起こっていることについて」分析するお話がありました。

  1. いろいろな人がいる(前提として美術が好きな人、嫌いな人、様々な人がいる)
  2. 作品の第一印象(ガイド役は作品について様々な印象があることを忘れてはいけない。なるべくニュートラルに受け入れる準備をしておく)
  3. 情報(前提条件を事前に知る事で、生の目で見る事を曇らせる可能性もある)
  4. 解釈(対話型鑑賞で一番面白いところ。解釈とは創造的行為)
  5. 複数人の解釈が乱立する(見る人や時代背景によっても解釈や感想が変わってくる)
  6. どの抽象度にいるか把握する(解釈を比較検討していき、参加者同士で整理し合う)

これらの状態が起きているいて、その場を整理し共有することがファシリテーターに求められると話題がありました。
最後に質疑応答の時間があり全5回の実践ゼミが終了となりました。

~ながラーの声
・異なる意見もひとまず聞いてみる、その上で他の色々な意見との折り合いをどうつけていくか、面倒だけどそれが本来の民主主義のプロセスではないかと思います。その面倒くささを引き受ける包容力のようなものが、今個人にも社会にも求められているのではないかなーと、実践ゼミを聞きながら感じました。
・私にとって「解釈」というキーワードが強く印象に残りました。純粋に面白い!と思いました。物事に対する解釈というのは、一方からのみではなく反対側から斜めから見えるものであり、千差万別で一様には決められないなと感じました。
・VTSは現在の社会が必要としているインクルーシブな環境を整える大きなツールであるとの認識のもと、これからも作品鑑賞に向き合っていきたいと思います。
・ミュージアムは他者と出会う場所。他者と一緒に良い鑑賞をするためには、互いを尊重し、受け入れ、自由に意見を言える雰囲気であることが大事。自分が思いもしなかった意見が出た時にそれをちゃんと受け止められているかを改めて考える機会となりました。

スタッフノート

最近注目されている「対話型鑑賞」。~ながラーからもファシリテーターにチャレンジしたいという声が多いものの、なぜ対話型鑑賞がよいのか、なぜ対話型鑑賞が美術館に必要かという内容を包括的に学べる場が今までゼミの中にはなく、今年度初めて実施しました。会田大也さんに登壇いただいたことで、基礎ゼミから始まりゼミ全体のテーマでもある『多様な人にどう寄り添うか』『対話型鑑賞のファシリテーターがいることで生まれる良い事』の事例をたくさん紹介いただき大きな学びにつながりました。
2022年度だけで終わらせず、VTSのテクニックをベースに岐阜県美術館にあった対話型鑑賞の方法をこれからも模索し実施していきたいです。