1980年代、美濃加茂市で始まった「郷土資料館」の建設に向けた動きが、現在の美濃加茂市民ミュージアムへとつながっている。1988年からその翌年にかけて施設の基本構想が策定され、その中で「市民自らが主体的に参加したり体験できる知的文化活動の拠点として郷土博物館」を建設するという館の特徴が明記された(可児光生「何をめざそうとしていたか ~市民ミュージアム設立までの17年間~」『美濃加茂市民ミュージアム 紀要』第1集2002年、p. 2)。館建設と並行するように1988年から「美濃加茂彫刻シンポジウム」が開催されるようになり、1997年までの10年間毎年屋外彫刻が制作、設置された。そうして設置された屋外彫刻が現在でも市内各所に35基を見ることができる。彫刻シンポジウムでは、第1回の招待作家を除き、公募によって選考された作家によって約1か月間の現地制作が行われた。この彫刻シンポジウムは、行政によって運営されていたのではなく、(社)美濃加茂青年会議所と市民有志が中心となってつくられた実行委員会が、宿泊場所などのアーティストのサポートから、大型彫刻制作のための資材や重機等の調達までを行っていた。開催当初、彫刻は市営の公園や広場などに設置されていたが、開館を前に館が建設される文化の森の池側の斜面を「創造の森」と位置付けて新たな設置場所となっていった。活動の拠点が市街地から開館準備中の施設へと移行する過程で、より充実した作家の制作活動を支援するため、館の付帯施設として宿泊可能なアトリエも建てられた。館はこうした人的交流施設を目指すこととなる一方で、学校との連携も取り入れていくこととなった。開館1年前には、アーティストの大久保英二を招いて「ランドアートワークショップ」を開催、2000年10月の開館時には「芸術と自然―美濃加茂自然環境会議2000」を開催し、アトリエでの滞在制作と市民参加ワークショップをおこなった。その後、滞在制作プログラムは「芸術と自然」をテーマに毎年開催されるようになり、現代美術の作家を招聘してワークショップなども実施しながら市民との交流の場を作っている。2008年度に招聘された渡辺英司は、所属する大学で自身の研究室を中心に、森を舞台に各々の作家が自由に実験的な表現を試みる「野外研究」を行い、翌年は「野外研究」と「野内研究」と題して有志を募って、森と室内で展示を行った。ここから新たな事業として2010年に「文化の森ギャラリー/Woodland Gallery」、現在は「みのかもannual」という名の、有志のアーティストたちによる屋外を使った数日間の展覧会を行っている。

みのかも文化の森 美濃加茂市民ミュージアムはこうした滞在制作プログラムを含む様々な活動が評価され、2013年度、地域における創造的で文化的な表現活動のための環境づくりに特に功績のあった公立文化施設を顕彰する「地域創造大賞(総務大臣賞)」を受賞している。

http://www.forest.minokamo.gifu.jp/index.cfm