■はじめに

美術館を支える人たちは、どんな人? 何してる人? 何考えている人? 知っているようで、意外と知らない、美術館の“なかみ”を、アートコミュニケーター「~ながラー」が、インタビューを通してリサーチします!

第1回目は、「アーティスト・イン・ミュージアム」という企画で、美術館のアトリエに1か月間滞在し、公開制作を行っているアーティストの中路景暁(なかじ ひろあき)さん。

今回制作された作品についてはもちろん、中路さんの学生時代の思い出や、メカニカルエンジニアからアーティストへ転身された経緯、制作の過程、考えていること、今後のことを伺いました!

LINK・MEET丸と中路さん

■中路景暁さんについて

中路さんは1987年生まれ、千葉大学~千葉大学院で工学を学ばれ、エンジニアとして勤められた後、岐阜県大垣市の情報科学芸術大学院大学[IAMAS(イアマス)]に入学し、昨年卒業された方です。

NHK『Eテレ 2355』1 minute galleryにて、中路さんの映像作品『Sequences/Consequences』が放送されたそう。なんとこの作品、中路さんのホームページでも見られます!思わず見入ってしまう不思議な光景、ぜひご覧ください。

*1 NHK『E テレ 2355』1 minute gallery
NHK教育テレビジョンで放送されている番組。 先鋭的ながらもハッとするパフォーマンスやアニメーションを紹介している。 (http://www.nhk.or.jp/e2355/)
*2 中路景暁さんのホームページ(https://hiroaki-nakaji.tumblr.com/)

■インタビュー

Q. 子どもの頃は、どんなことに興味がありましたか?

結構、ものを作るのが好きだったので、たぶん、漠然と、ものを作る仕事につきたいなとは思ってましたね。木工もそうですし、回路作ったりとかも好きで。絵はあんまりで、そんなに得意ではないので、手を動かして作るようなものが好きでした。ミニ四駆やプラモデルなどもやりました。

Q. では、千葉大学の工学部で医療工学を学んでから、アートに目覚め、アート系の大学院であるIAMASに進学するきっかけというのがあると思うんですけど…。

もともと、 ものを作ることが好きで、 最初から医療工学に興味があって。 医療関係で物をつくるのが面白いなと思ったので、 人の役に立てるからということもあったと思います。

自分が所属してた学科が、 広く浅く学ぶ学科で。 具体的に言うと、いわゆる情報工学っていう、 画像も情報も扱うようなとこの先生もいたり、電気電子っていう回路とかのそっち系の先生もいたり。むしろ自分の選んだタイミングでその先生が来て。ロボットまではいかないですけど、どちらかというとロボット寄りの先生で、ちょっとそれは面白そうだなと思って、その研究室に入ったってかんじです。その先生が来てなかったら多分、別なことをしてたかも。

それから、 ジャグリングのサークルに入っていて、そこで表現とか、 パフォーマンスをやっていたっていうのは結構でかいですね。単純な興味があったかんじですね、特にきっかけとかではなく、やってみたいなあって思ったからですかね。たまたま、「あ、これいいな。」って。院ぐらいまではずっとやっていて。ただ、卒業してからはあんまり時間がなくなったのであまりやってなかったってかんじですね。

社会人になってからは、そんなに時間もとれなくなって、ジャグリングの練習とかなんかをするのもどんどん減っていった代わりに、色々と観るようになっていったんですよ。例えば、ダンスの舞台であったり、演劇とか、映画も結構観るようになっていって、そういう、観たり、調べたりっていうふうにだんだんシフトしていって、そういう表現とかが面白いなって思った中で、徐々にメディア アートの存在を知っていって。演劇や映画とかダンスとかそういったパフォーマンスとか映像とかっていうこと自体は、自分の中ではたぶん、ちょっと遠い存在だったので自らやろうとは思わなかったんですけど、メディアアートっていったときに、結構工学系のバックグラウンドがあったっていうのもあるんで、なんか面白そうだし、自分も色々できるかもしれないっていうのがあって。そこでメディアアートの作品を観たり調べたりするようになって、やってみたいって思ったのがひとつです。

あと、工学系のプロダクトを作る中で、プロダクトってやっぱり世に出るまで長い時間を要するので、あまりそういうのが向いていなかったっていうのもあって。ある程度のスパンで作ったら、それを見せていくっていう方をやっていきたいなというふうに思い始めて。そういう意味で、工学系の方からは少し離れたいなって思い始めたっていうのがありました。

Q. 会社を辞めて、IAMASに入学するっていうのは、人生の岐路に立つようなイメージですが、 そんな思い切った感じではなかったですか?

IAMASへは、明確にはなかったですね。この分野で何ができるかということを探しつつ、 アウトプットを見つけたいと思って入学したので。もちろん悩みはしましたが、ものすごい覚悟があったかって言われると、そうでもないですね。むしろどんどん年を重ねるほど何もできなくなっていく気がしていたので。

IAMASでの生活は楽しかったですけど、それ以上にやっぱり大変でした。何をしたいのかが明確にあれば入学はそんなに難しくないと思いますが、修了するのが大変です。大学院で、ここまで自分に研究テーマを任せられるところは少ないです。論文 ・制作と両方なので、大変です。

プロジェクトっていう、一種のゼミみたいなものがあるんですよ。自分が入っていたのは、 基本的に作って、見せて、それについて話をするっていうようなプロジェクトだったので、毎週なにかしら持っていくっていう。あとは、もう自分の研究とは関係なく、IAMAS関係のお手伝いをしたりとか。 なんだかんだ忙しかったですね。

Q. 論文にも出てきていましたが、 チャップリンの 「モダン ・ タイムス」 に影響を受けていますか?

思想自体は、影響を受けています。作品としては、どちらかというと、ジョン・ウッド&ポール・ハリソン*という作家さんの影響は、だいぶ受けていますね。IAMASの先生に教えてもらいました。

*ジョン ・ ウッド&ポール ・ ハリソン
イギリスを拠点に活動するアーティストグループ。 パフォーマンスやアニメーションなど、 さまざまな要素を取り入れた映像作品 を制作しています。

Q. 好きな映画とかありますか? 論文でも映画の引用がありましたね。

好きな映画って言われると ... なんだろうな。 あんまり聞かれたことがないから、考えたことがないです(笑)。 映画は 結構いろいろ観てますよ。大学のときからそこそこ観てた気がします。エンタメ系もガンガン観てたり。最近は洋画が多いかもれないですね。展覧会とかはそんなに観にいってなくて、むしろ社会人になってから結構観に行くようになった感じです。

映画については、論文にも書いてますね。あれは結構古い感じですけど、結構探して観たり。あと、研究し始めてから、「あ、 ちょっとこれいいかも」って観たり、アンテナ張らせてたら、あったみたいな。

Q. 映像とパフォーマンス、 どちらが主ですか?

ものによりますね。映像で見せるのが一番だと思ってつくるものと、生でパフォーマンスとして見せるものと作り分けています。 結局作品としてどんなメディアが適しているのかというのは、意識的にやっています。メディアだけでなく、いろんなカタチで表現していきたいです。アイディアに適した表現を都度選択する感じです。

Q. 中路さんの制作コンセプトや、作品の見どころを教えて下さい!

興味があるのは、装置と人との関係性であったり、もちろん装置でもいろいろとエラーを起こしたりするので、エラーを起こしたほうがちょっと人間的であったり、逆に装置の中に人間が取り込まれると機械以上に人間が機械的になったりとか、それらが組み合わさることで、いろいろな側面が見えてくるっていうところがやっぱり面白いと思っていて。今回の作品の場合は、そんなに人は出てこないんですけど、量生産のための装置で作られたものであってもいろいろとイレギュラーなことが起こったり、さらにそのイレギュラーが起こりうるボールを使って人間がスポーツをするっていう様子であったり、そういったところがシステマチックなようでまったくシステマチックにできていないっていう、そういう部分に少し、目を向けてもらえたらいいかなあと思います。今回の作品については、落ちてしまう時に、多分人によっては、その落ちたりするタイミングも、なんか面白いって思ってくれれば良いなって思ってるんですけど、そうも思わない人も絶対いるんで、別にそこを100%最後まで落ちないでいくっていうようなかたちで、合わせにいってるわけではないです。

Q. 装置に色を付けないとか、無表情なのは、意図的ですか?

そうですね。色については、白地にアルミと黒もありますけど、装置を目立たせたいわけではないので。無表情なのも意図的で、なるべく感情を無くして、見る人にいろいろ想像をしてもらうことを考えてます。実際に工場の人も、仕事中に笑っているかというと、たぶん無表情だと思います。

Q. 「アーティスト・イン・ミュージアム」 に誘われた時は、どんな気持ちでしたか?

面白そうだと思いました。人とお話しすることも好きではあります。滞在制作というのをしたことがなかったので、どんな感じでやればいいのだろうと思いましたが、何とかなるだろうと。岐阜自体が、もともと居たところだったので、生活面の不安はありませんでした。こんなに広い施設を使えることも、そもそもないので。丸鋸など、いろいろな工具があるので、危なくないようにしたりしています。子どもたちとワークショップをするなかで、ヒントをもらうこともあります。子どもたちにも、色々考えてもらい、それでまた作品が進化していきますね。

Q. 「アーティスト・イン・ミュージアム」では、制作しながら、来館された方と話をして、自分のことを伝える機会がたくさんあったと思いますが、今後も滞在制作をやってみたいと思いますか?

やっぱり、 制作がメインなので、基本は制作中心ではありますが、話し合ったり、ワークショップ的なことをしたりは、結構好きでやっているので。自分はワークショップのために企画を作るというよりも、自分の作品を通してどのようなワークショップができるかという興味のもとでやっているので、そういった活動は今後もできるといいなと思っています。子どもたちと触れあう機会も作りたいと思います。子どもたちと色々やったりしてるので、その中で面白いアイデアだなーっていうのもありました。自分の思ってるある種の感覚的なところが、鑑賞者にとってはどうなのかって。そういうところが聞けるのは、やっぱり面白いなーと思いますね。ある程度自分では、面白いと思って作ってはいるんですけど、じゃあ、いざ見てる方はどうなのかっていうところが気になっていて。

Q. 今回の作品には、 卓球ボールが使われていますが、 発想のもとについて教えてください!

ここ一年ぐらいやっていたのが、机の上で、ものを色々動かして撮ったGIF動画を作ってみることです。“シネマグラフ”という技法があって、動画を撮った後に、「ある所だけしか動かさない」という表現ができるんです。例えば、風で木の葉っぱが揺れているときに、落ちそうな一枚だけ、結構揺れているときがあるじゃないですか。その時に、落ちそうな一枚だけ切り取って、“そこだけ揺れていて他は動いてない”とか、コーヒーを写して、湯気は動いているけど、他の部分は何も動いてないみたいな。そういう映像を作るのが、シネマグラフという技法なんです。“シネマ” と、“フォトグラフ(写真)”の要素を合わ せたもので、それもちょっとおもしろくて。そういう物の動き的なところと、その一つしか何かしらが動いてないっていうようなところが、おもしろいなと思い始めて。色々テストしつつ、面白そうなものがないかなって探してた時に、卓球ボール良いなと思って。装置として色々組み立てて、そういった物の動き的な面白さとか、一つの物が淡々と動いてく様子とか、そういったところが表現できそうだな と思い、だんだんアイディアが決まっていきました。基本は色々考えます。色々考えて、その中で、今回は、まぁこれにしようって思って。いつも、色々考えて、その中で良さそうなのを選ぶってかんじですね。

今回でいうと、実は2~3か月前から準備はしてますね。ちょっと作ってみて、ちゃんと動くかとか。コンセプトとしてちゃんと動くものができるのかっていうところの基礎の段階の設計は、ちょくちょく進めています。これだけ大きいので、実際組んでみないとわかんないので、なるべくそこら辺の加工とかを中心に、ここ(岐阜県美術館のアトリエ)ではやっています。

Q. 今回の滞在制作で苦労したことについて教えて下さい!

「思ってたのと違うなー」 は、結構いっぱいありますよ。部品が平らだと思っていたら平らじゃなかったり。木材を加工するのも大変だったり。材料の太さとか、細々と調節してましたね。夜中まで作業することもあります。

Q. では、 発見したことについてはいかがでしょうか?

今回はどちらかというと、見てくださってる方と話をする中で、自分が作っているモノに対する感覚とか、ある程度共通な部分があるっていうことが、少し分かってきたのが、面白いなとは思ってますね。心地良く感じる瞬間だったり、その機械的なところに見出すものだったり、 そういうとこですかね。

Q. 制作に対する姿勢が、 とても真面目ですね。

ぱっと思いついてではなく、いろいろ考えてみて積み重ねて、良さそうなものを選ぶって感じですね。着々とやるタイプでは、ありますね。IAMASにいる時に、「美大だとか芸大にいる人とは、違うやり方をする」と言われたことは あります。何色かを一色だけ選ぶ必要があったとしたら、一色だけ直感で選ぶのではなく、 本当にその色が良いかわからないから、青も赤もいろんな色をひとまず全部並べてみて、一番良い色を選ぶ。 そこは、工学系のやり方に近いのかも。

Q. 行政の芸術へのありかたについて、どうあるべきと考えますか?

昨年のあいちトリエンナーレの問題で、アーティストは、大村さんを支持する声が多かったです。ああいう姿勢が貫けるというのは、本当にすごいと思っていて。選挙に勝とうと思ったら、やめればいいだけなので。ああいう在り方は、すごいなと思いますけど。政治家として、 行政としては、そういう姿勢が貫けるところが、アーティストとして、ありがたいなと思います。行政の中の人は、それに逆らわざるを得なかったりして。文科省とかも去年いろいろあって、芸術祭とかも、特に自分は応募しなかったりしたんですけど。中では、すごく頑張って動いてくれたりしている人もいると思うんで、何とも難しいところですけど。僕としては、文化的な所を確保しつつ、一回決めたら、それに口を出さないという姿勢がすごく助かると思います。2 ・ 3年先を見ているわけではなくて、10年 ・ 20年レベルで先を見て作っているだけなので。もしかしたら、そのくらい先に、何かしら意味をもつかもしれない。そういうところを行政が見てくれるようになれば、やっぱりその国が豊かかどうかの指標になっていると思うので。

Q. 今後、 自分の活動が何かにつながってほしいとか、 アートに何を期待していますか?

ある種の想像力の欠如的なことは、やっぱりヤバいなと思っていて。それは、主に、今の日本の上にいる人達のことなんですけど。自分の作品は、結構子ども向きに作っているというとおかしいんですけど...。ワークショップとか、そういうところに関わっているのは、ワークショップを通して、子どもたちに何かしら学んでもらえたらなと思いながらやっているところはあります。

■〜ながラーの感想

しまけん

年齢も近く、ものづくりが好きなことも共通点でした。他の作家さんが使わなさそうな道具がアトリエにあって、びっくり ! 電動ノコギリや 3Dプリンターなど、僕も手に入れていろいろと作りたいと思いました。

みっちー

工学系のお仕事やジャグリングの経験など、中路さんの作品づくりのバックボーンに触れることができた有意義な時間でした。10年先、20年先のアートを切り拓いていかれる中路さんをこれからも応援したいです。

さく

インタビューでは、 大変優しく 丁寧に質問に答えてくださいました。 作品に対する想いなど、 中路さん 本人からお聞きすることができ、 貴重な体験でした。 また是非お話をゆっくりお聞きしたいです。

かずみん

普段見ることのできない制作風景を見学でき、アーティスト・イン・ミュージアムはとても面白い企画だと思いました。日々の制作過程も見学できたので、完成が楽しみです。作家さんやアートを身近に感じることができました。

■おわりに

今回の卓球ボールが動く作品が、来館する方々に楽しんでいただけるとうれしいですね。これからも、新しいアイデアで中路さん独自の世界を見せて いただけることを楽しみにしています。中路さん、貴重な制作の合間にお時間をつくっていただき、ありがとうございました!

(2020年9月12日、20日 岐阜県美術館アトリエにて インタビュー)