〜ながラーのあの人・この人インタビュー vol.2 <LINK・MEET丸>
■はじめに 〜LINK・MEET丸とは〜
美術館を支える人たちは、どんな人? 何してる人? 何考えている人? 知っているようで、意外と知らない、美術館の“なかみ”を、アートコミュニケーター「~ながラー」の舟(チーム)〈LINK・MEET丸〉が、インタビューを通してリサーチします!
第2回目は、「アーティスト・イン・ミュージアム」という企画で、美術館のアトリエにて滞在制作*を行った美術家の三宅砂織(みやけ さおり)さん。
今回制作された作品についてはもちろん、美術家を志した経緯や今後についても伺いました!
*滞在制作会期:2021年2月13日(土) - 3月28日(日)
■三宅砂織さんについて
三宅さん(*1)は1975年岐阜県生まれ。岐阜県立加納高等学校美術科を卒業後、京都市立芸術大学・大学院へ進学。イギリスへの留学経験もある作家さんです。フォトグラム(カメラを使わない写真技術)による作品を主に手掛けていて、最近は映像作品も手掛けています。
近年では、アートラボあいち(愛知県名古屋市)で開催された展覧会「task(*2)」にて、映像作品《Garden(Potsdam)》を出品されてます!
*1. 三宅砂織さんのWebサイト(https://saorimiyake.com/)
*2. 2020年11月27日(金)〜12月20日(日)開催。詳細はアートラボあいちWebサイト(https://aichitriennale.jp/ala/project/2020/p-004480.html)をご確認ください。
■インタビュー 〈1回目:2021年2月20日(土)実施〉
Q. 滞在制作の依頼が来た時はどう感じられましたか。
1年以上前にお声掛け頂いたのですが、私の制作プロセスは滞在制作には不向きだと感じ、当初はとても不安で無理なのではと思っていました。そこで、「一般的な滞在制作は多分できないと思いますが、それでも大丈夫でしょうか」と、アーティスト・イン・ミュージアム(以下「AiM」)の担当者にお伺いしたところ、「三宅さんの好きなタイミングや使い方で、このプログラムを活用していただければ」と仰ってくださったのです。また、ちょうど大学の非常勤講師として毎週岐阜県の近くに行くことが決まっていたこともあり、とても良いタイミングだったので、これもご縁かと思い、お引き受けすることにしました。
Q. 滞在制作のテーマやプランはすぐに浮かびましたか。
作品のモチーフは、最初は決まっていませんでした。でも時間をかけて岐阜に通いながら、自分のできることを考えればと思っていました。ところが途中からコロナ禍で状況が変わってしまいました。通いながら考えるということができないかもしれません。また、ステイホームやソーシャルディスタンスといった、生活上の重大な変化があるなかで考えることも多くありました。当時は美術館も閉鎖していて、美術というものと野外の環境や人との距離について、以前よりも意識的になりました。前作の《Garden(Potsdam)》でドイツの庭園を撮影しましたが、コロナ禍のあとになって、あらためて庭で彫刻や立体作品を鑑賞する経験について考えるようになりました。しばらくして、県をまたいでの移動ができるようになり、岐阜県へ通うことができるようになりました。美術館の資料を見ていて興味が湧いた写真や、先にお話した現在の状況が結びつくような感じで、岐阜県美術館の庭園をモチーフに野外での美術やそれを鑑賞するという経験をテーマにしようと、プランが徐々に決まっていきました。
Q. 岐阜に来られるようになってからはいかがでしたか。
加納高校時代の恩師で、過去に岐阜県美術館の学芸員もされていた青木正弘さんに会いに行ったり、岐阜市内のギャラリーに勤めている高校の同級生に会ったりしました。また、昨年のAiM招聘作家である三輪祐子さんの展示を観に行ったところ、祐子さんのお父様で彫刻家の三輪乙彦さんもいらっしゃって、2時間ぐらい彫刻の話を聴くことができました。こうしたことが作品として形になればと今取り組んでいる最中で、面白くなってきたところです。
Q. 私たちもその過程を見られるのがとても楽しみです。もう少し制作についてお話を聞かせて下さい。
今はまだ手探りを続けている状態ですが、このアトリエで映像インスタレーションをしたいと思っています。私のテーマは絵画的なものですが、空間的なものや彫刻的なものとして捉えなおしてみようと試みています。今映像を投影するインスタレーションを考えているのですが、映像の配置にも意味があります。
(写真のカーペットを指して)例えばこれも単なる投影するための壁ではなく、私の中では野外彫刻について考えながら何ができるかという「実験」です。投影すると映像が曲がるというのが面白く、いろんな形を試しています。映像を投影すると彫刻の立体感をより強く感じるように思います。絵画の始まりについて考えてみると、洞窟壁画を描いた人たちは岩壁の凹凸や模様の立体感を感じながら描いていたのではないかと思いますが、映像を曲面に投影したときの性質は、絵画的なテーマにも繋がっていきます。
Q. 岐阜県美術館について、リサーチを通して気づいたことはありますか。
今回、コレクション(所蔵作品)がとても良いということに気づきました。オディロン・ルドン(*1)や熊谷守一(*2)といった著名な作品は展覧会で拝見しているのですが、収蔵品目録を読んでみると、まだ見たことがなくて、見てみたい作品が多くありました。それは私にとって、とてもうれしい発見でした。高山登(*3)の《黒鉛ドローイング》のシリーズ、榎倉康二(*4)の《予兆》という写真作品のシリーズやアクリルの作品、ジュリオ・パオリーニ(*5)の版画など、もの派(*6)と呼ばれる作家たちやアルテ・ポーヴェラと呼ばれるイタリアの芸術運動に参加した作家たちのコレクションはいつか県美の展示で見てみたい作品です。イタリア具象彫刻の収蔵品にも興味を持っています。
*1. オディロン・ルドン(1840-1916):フランス出身の画家
*2. 熊谷守一(1880-1977):岐阜県生まれの画家
*3. 高山登(1944-):東京都生まれの美術家
*4. 榎倉康二(1942-1995):東京都生まれの美術家
*5. ジュリオ・パオリーニ(1940-):イタリア出身の芸術家
*6. もの派:1960年代末から1970年代初頭に現れた、木、石等の自然物や人口物などの「もの」を、ほぼ手を加えず使用することによる表現を行なった作家たちや、その表現方法の呼称。現代美術の大きな動向であり、岐阜県美術館の所蔵作家として、李禹煥(1936-)、成田克彦(1944-1992)、小清水漸(1944-)、高山登、榎倉康二が挙げられる。
■インタビュー 〈2回目:2021年2月27日(土)実施〉
Q. 美術を職業にしようと思ったのはいつごろですか。
大学に進む時点では、美術を続けていこうという意思をすでに持っていました。
Q. イギリスへの留学や、フランスへの渡航等、海外に行かれていた時に、作品や制作に影響はありましたか。
そうですね。イギリスに行ったのは20代の頃で、私は大学院で版画を学んでいました。ロンドンのRCA(ロイヤル・カレッジ・オブ・アート)の版画専攻の学生はほとんど皆、版画だけでなく絵画や写真、インスタレーションやパフォーマンスの作品も同時に制作していました。そこで私にとって、自分の表現したい内容を実現する上で、版画の技術だけに凝り固まっていてはだめだと思いました。
フランスに行ったのは2016年ですが、フランスでは2つのことを目的としていました。ひとつは写真の歴史と表現の多様性についてリサーチすること、もうひとつは現地のノンプロフィットアーティストアソシエーション(*1)に参加して、若手アーティストと地元の人々の交流や、現代美術のあり方についてリサーチすることでした。パリでは良い作品にたくさん出会いました。結果として作品の質や作品を鑑賞するときの感覚に影響をもたらしたと感じています。今は、コロナ禍で簡単に海外へ行けない状況ですが、その中で今回のように生まれ故郷の岐阜に戻ってきたり、次の展示では石川県珠洲市で開催予定の奥能登国際芸術祭(*2)で、日本国内の行ったことのない場所へ誘っていただいたりして、そこでもおもしろい出会いが多くありました。影響を受けるのは海外だけとはかぎらないと思います。
*1. ノンプロフィットアーティストアソシエーション:非営利若手芸術家協会。三宅さんの受け入れ先はJeune Création(https://www.jeunecreation.org)。
*2. 奥能登国際芸術祭2020+:2021年9月より石川県珠洲市で開催される国際芸術祭(https://oku-noto.jp/ja/index.html)
Q. 日々の欠かせない日課はありますか。
日課とは異なるかもしれませんが、「常に新しいことをする」というのが、日々の中で思っていることです。何かやり始める時に、日課にしようとはあまり思わないです。結果として、続けていることはあるかもしれないですが。
■インタビュー 〈3回目:2021年3月6日(土)実施〉
Q.1回目のインタビューから2週間程経ち、アトリエの様子も変わってきましたが、色々試されているアイデアを少しだけ教えていただけますか。
例えば、ストリングカーテンを用いたスクリーンは、実験的な要素が大きいです。このインスタレーションでは「映すもの」だけでなく構造自体も重要です。手前のストリングカーテンと奥の壁面の両方に一つのプロジェクターから投影された映像が映し出されるのですが、わたしたちはストリングカーテンと壁の間の空間に入ると、映像の光の中に身を置いていることを、意識するのではないかと思います。人が映像の光の中に入ったとき何が見えるか、どう感じるかということや、それはどんな意味をもつのか考えているところです。こうしたアイデアのもと、映像を編集したり、プロジェクターの角度を調整したりを何度も繰り返しています。
Q. 今回の作品のテーマについて聞かせてください。
今回の作品は岐阜県美術館の庭園と野外彫刻を主なテーマにしていて、県美にある写真や資料を出発点にしています。庭を散策すること、野外彫刻を様々な角度から眺め、時には触ることができるということについて映像インスタレーションで表現したいと考えています。たとえば「映像に触る」イメージで、ストリングカーテンのスクリーンをかき分けて実際にイメージの奥まで歩いて入ったり、イメージの投影されたカーテンをなでたりできます。
そうすると、ストリングカーテンの影と自分の影、そして映像が、奥のスクリーンではひとつになるという状況が生み出され、それにより庭園にいる時の感覚であったり、野外彫刻を鑑賞している時の感覚を、私なりに作品化しようとしています。これが今回、私が岐阜県美術館でやりたかった新しい(実験的な)試みです。映像に触れたり、裏にまわったり、中に入ったりできるような作品ということで、野外彫刻や庭園での体験と、まなざしの奥の絵画的な像が、交差するようなものになるのではないかと思います。
Q. 作品を見て、鑑賞者にいろんなことを思ってほしいですか。
何を思うか最終的には鑑賞者の方に任されていると思います。「いろいろ思ってほしい」という感じで人に何かを要求することはなくて、私はまず作品を存在させようと考えます。それは特定のメッセージ的なものとは違うと思います。
Q. 作品づくりのモチベーションやインスピレーションは、どこから湧き上がってきますか。
例えば、ひとつのイメージがあった時に、「これは一体どういうものなのか」ということを深く知りたいという気持ちがあります。関心を持った何かを描いてみたり映してみることで、より深く知り、考えることができると感じます。その結果として作品ができてくるという感じですね。
Q. 他の人が思いつかないようなものを作りたいと思いますか。
人と比べて「思いつかないようなもの」という感覚はあまりないです。とはいえ(私という)ひとりの人間がやることなので、思いつき方もそこまで他の人と一緒にはならないと思います。私は過去の美術史の中でアーティストたちが何を行ってきたかということや、アーティスト以外の人も含めた人たちが残した様々な事物を参照して作品を作っています。そのようなものと制作との繋がりや距離感、関係性が大事だと思います。
Q. 滞在制作に向け、読まれた書籍について教えてください。
この滞在制作にあたって読んだ書籍に『ブランクーシ*のフォトグラフ(美の再発見シリーズ)』があります。この本にはブランクーシが撮影した自身のアトリエや彫刻の写真が載っています。写真からブランクーシがアトリエや彫刻をどのように見ていたかが伝わってきます。滞在制作で制作過程やアトリエを公開することについて意識したとき、そして庭園や彫刻に興味が湧き始めたとき、再読してみたいと思い図書館で借りてきました。展覧会を準備するとなると、やはりテーマに関わる書籍を読み始めますね。
*コンスタンティン・ブランクーシ(1876-1957):ルーマニア出身の彫刻家
Q. 制作が本当にお好きなんですね。
作品制作のなかで、色々なものに関われたり、つながりが見えた時に、うれしさを感じます。
Q. コロナ禍は、三宅さんの表現にも影響しましたか。
これだけ重大なことが起こり、変わった部分も大きかったと思います。滞在制作も、コロナ禍以前にお話をいただいた当初できると考えていたやり方とは違う方法を模索したいという気持ちになりました。結果的には、最初イメージしていた滞在制作のあり方に比べて、場所(岐阜県美術館やアトリエ)や関係者の方々にコミットした内容になったと思います。
Q. 次に興味が移りそうな、芽が出ているものはありますか。
今年の9月に参加する奥能登国際芸術祭の準備を始めています。石川県の先端(奥能登)はこれまで縁もなく、初めて訪れた所です。そこで「海」や「船」をモチーフにしようと考えています。廃校になった小学校の体育館を改装した博物館で現地の蔵にあった民具と美術作品を一緒に展示するという企画で、参加アーティストの一人として作品を展示します。
■〜ながラーの感想
展示物の置き方や映像の投影場所が日々変わるので、アトリエが“生きもの”のように感じられました!机上の展示物が少しずつ増えたり、倉庫まで作品展示の場に変わったりと、じわじわ驚きと発見の連続!不思議な心地でしたー。
三宅さんは、色んな事に興味があり、色んな角度から物事を考えて、それを繋いで作品を制作することを、本当に楽しんでいるんだなあと感じました。これからも、変化し続ける三宅さんの作品を見ていきたいです。
会場内の設置物が変化していく様子が、三宅さんの考えや気付きの変遷が見えているようで面白かったです。また、お話や作品を通して、美術館の新たな魅力を発見することができたので、〜ながラーの活動にも活かしていきたいと思いました!
制作中の三宅さんからお話を聞くことができたのは、わくわく楽しい体験でした。そして普段なかなか見られない制作過程を見ることができるAiMってやっぱり面白いです!
■おわりに
今回はインタビューを通して、三宅さんの作風はもちろんのこと、アトリエの変化をより一層体感することができました。日々の空間の変化を見て、カラダで感じることも、AiMの醍醐味だとあらためて実感しました。今後もいろんな場所で三宅さんがご活躍されるのを楽しみにしております。三宅さん、貴重な制作の合間にお時間をつくっていただき、ありがとうございました!