〜ながラーインタビュー vol.3

人と人、人と作品、人と場所をつなぐ活動に取り組むアートコミュニケーター「〜ながラー」。2020年度からスタートし、現在では約50名が活動しています。
初年度の終盤に行った「実践ゼミ2〜4  舟のおもしろい公開日誌をつくろう」では、〜ながラーでペアインタビューを行い、その内容を書き起こしてもらいました。

コロナ禍によるオンラインミーティングでの活動や、「この舟のろう式」によるオリジナルな企画のあゆみ、世代や職業が異なる人たちとのコミュニケーションなど、さまざまな体験談が綴られています。
「〜ながラーって、こんな人たちなんだ!」と出会うような気持ちで、読んでみてください。

インタビューの公開にあたり、実践ゼミの講師である多田智美さん、妹尾実津季さん(株式会社MUESUM)に監修していただきました。

フレンドリーな人見知り。すーさんの~ながラー奮闘記。| 鈴木昌泰さん

聞き手・文:吉原真由美

 インタビュー中、すーさんこと鈴木昌泰さんの口からは、幾度となく「人が苦手」「怖い」といった臆病な言葉がこぼれ出た。 それでも彼をアートコミュニケーター・~ながラーに向かわせたものは、あいちトリエンナーレでの体験であった。参加した対話型鑑賞のツアーにおいて、参加者それぞれの見方を耳にしながら作品と向き合うことは、自分に一層の理解をもたらしてくれることを体感した。「対話することで、鑑賞した作品が記憶として強く残ってゆくという楽しさ」を味わったのだ。

そのすーさんが、今度はアテンドする側として対話型鑑賞へと挑んだ。それは~ながラー主催の初イベント『アートしながラー』でのこと。初めてのお客さんは母親と小学生の娘さんのペアだった。普段、接する機会が少ない世代、苦手意識が首をもたげかける。おじさん(失礼) のその恐怖心を知ってか知らずか、少女の方は何の構えもないまま瞬発力のある会話で、作品への興味をすーさんに投げかけてきた。彼女の着眼点は新鮮な刺激となり、強張っていた気持ちも一気に緩んでいった。

2組目の参加者とは、作品の中の“あるモノ”について、議論に花を咲かせることとなった。目線を変えれば一目瞭然だったそのモチーフについて、あれは一体何だろうと3人で楽しい謎解きの時間を過ごすこととなった。

高めのハードルを超えた時は、ちゃんとご褒美が降ってくる。コミュニケーションの触媒として作品を介在させることで、作品のみならず、目の前の人々への理解や関心をも深めていることに彼は気がついた。「色んな見方があって、楽しいんじゃないかな」。実感となったその開放的な感覚は、ますますすーさんを自由にしてゆくことだろう。「対話型鑑賞を続けてゆきながら、自分にとって大切な作品を増やしてゆきたい」。そう語るすーさんの顔には、いつもにまして温和な笑みが浮かんでいた。

変化 | さくらさん

聞き手・文:ゆき

 「~ながラーになっていない半年間と、~ながラーになった半年間は違う」。この日比野館長の言葉を、まさに実感しているのが、ここでご紹介するさくらさんだ。

「実は~ながラーになったばかりの頃は、岐阜という馴染みのない土地で、馴染みのない人たちと関わるのは大きなストレスだったんです」と話すさくらさん。いつも楽しそうに活動している彼女から、そんな言葉が出てくるとは思わず、ちょっと驚いている私に、「でも、だんだん~ながラーのみんなと会ったり、一緒に活動するのが楽しみになり、どんどん岐阜県美術館が好きな場所になっていたんです!」と自分のなかでの一番大きな変化を語ってくれた。

そんなさくらさんは、大好きになった岐阜県美術館を「もっとみんなに知ってもらいたい! 好きになってもらいたい!」と思い、美術館に関わる人へインタビューをする「LINK・MEET丸」というチームで活動をしている。

昨年、「LINK・MEET丸」の第一弾企画として、滞在制作中だったアーティスト・中路景暁さんへインタビューを行ったさくらさん。「直接お話をして作家の方について知ると、作品に愛着がわいてくるんですよ」と話す彼女の顔には、自然と笑みがこぼれている。そして先日、同じく滞在制作中だったアーティスト・三宅砂織さんへのインタビューを終えたとのこと。

「1回目のインタビューでは、リーダー的なメンバーに頼っちゃっている感じだったのですが、だんだんメンバーと信頼関係も深めることができたり、~ながラーとしてのさまざまな経験を経たりするなかで、今回はもっともっと自分事として取り組むことができました」と語る表情は、いつものようにニコニコ柔らかく微笑んでいる。でも、目の前にいる彼女はなんだかとても頼もしく、(実は)同じLINK・MEET丸のメンバーでもある私は、とてもハッピーな気持ちになりました。これからも宜しくね、さくらちゃん。

好きなこと集め | 中嶋裕巳さん

聞き手・文:西村郁実

 現在は専業主婦をしている中嶋裕巳さん。彼女は岐阜出身で県外の美術大学に進学。その後、アートには関わらず、服飾系の会社に就職した。30歳を過ぎた頃、自分を見直し、今までやってきたことやりたいことを繋げ「好きなこと集めをしようと思った」という。 そんなとき、札幌のアートコミュニケーターの友人から「岐阜でもアートコミュニケーターを募集するみたいだよ」と聞き、〜ながラーの活動を知った。「ふるさとの岐阜にも恩返しできるんじゃないかと思ったのが参加のきっかけです」と微笑みながら語った。

1年間の活動を通して、彼女が一番印象的だった出来事。それは、オンラインワークショップでドリームキャッチャーをつくり、作品に込めた願いを発表する「蜘蛛の巣丸」での活動だと言う。「ここでやりたいことを実行し、小さな夢が叶ったことは、とても自信になった」と達成感に満ちた様子で話してくれた。

しかし、ワークショップを実施するまでは、試行錯誤したという。コロナ禍ということで、〜ながラーの活動もオンラインが中心。各舟もオンラインミーティングからはじまった。「舟の乗組員(メンバー)が集まり、楽しくオンラインミーティングを進めるなかで、蜘蛛の巣丸は『願い』に関するワークショップをする方向性となりました。さらに、活動を通してオンラインでも人と関われるという発見もあり、オンラインで実施することに。でも最終的に『蜘蛛の巣』というコンセプトに決まるまでは苦しかったですね」という。コンセプトが決まり、舟が動き出してからは、仲間とテストを繰り返しながら、本番に向けて充実した日々を過ごしたそうだ。

「結果的には、ワークショップに参加して頂けたのは1人だったけれど、自分たちが発信したことに興味を持ってもらえ、想いが伝わったのは良かった、またその過程も楽しめた。」と生き生きした様子で語っていたのが印象的だった。1年間の活動を経た今、今後彼女がどんなことをするのかとても楽しみになった。