1987年度(昭和62年度)企画展

いわき市立美術館所蔵名品展 ―ピカソ以後の美術

会期:昭和62年4月17日(金)~5月13日(水)
主催:岐阜県美術館
出品点数:68点

本展は、福島県いわき市立美術館との所蔵品交換展で、国内有数の現代美術館である同館から借用した53作家の作品68点によって構成された。展覧会はピカソ、マチスの版画に始まり、1950年代60年代の国内外の絵画の主たる動向の紹介展を兼ねていた。50年代から60年代初頭まで、第2次世界大戦後の西欧の芸術界を席捲したアンフォルメル(非形象)旋風や日本の具体美術協会の熱っぽい活動の余韻を伝えるものであり、いわゆる現代美術に対する一般の親しみを促すものとして、ある意味では教科書的なガイド展の使命を本展では担っていた。

カタルニア賛歌―芸術の都 バルセロナ展

会期:昭和62年7月11日(土)~8月23日(日)
主催:岐阜県美術館、カタルニア賛歌―芸術の都バルセロナ展実行委員会、カタルニア自治州政府バルセロナ市
出品点数:179点

カタルニアは、イベリア半島の東北部に位置するスペインの一地方で、地中海文明圏のひとつとしてスペイン中央部とは異なる歴史、言語(カタラン語)、文化を築いてきた。とりわけ19世紀末から20世紀初頭にかけては、ガウディ、ピカソ、ミロ、ダリを始めとする美術史上重要な作家を数多く輩出した。本展は、カタルニアの都市と文化に焦点を当てることによって、これらの作家のルーツを探り出そうとしたものである。

開館5周年記念 日本洋画の青春 ~大正の光と影~

会期:昭和62年9月25日(金)~10月25日(日)
主催:岐阜県美術館
出品点数:101点

本展は、西洋の新しい芸術観が導入され、同時に美術史上、国家や全体よりも個の優越性を強く主張して多彩な活動が展開された大正期の洋画に焦点をあてたものである。
明治末にパリのサロンをまねて結成された文部省美術展覧会(文展)の中に、新しい表現を求める若い美術家たちが生まれた。そしてそこにヨーロッパで後期印象派以後の芸術運動に接した画家たちが相次いで帰国し、次々と新しいグループを誕生させた。文展から分離した二科会は、関根正二や村山槐多らの新人を世に送り出した。また、プロレタリア美術運動が始まり、未来派やダダの影響を反映した前衛的な表現も登場した。竹久夢二の画風が美術を大衆化させ、岸田劉生と草土社の活躍も、この時代に大きな影響を与えている。
本展はこのような活発多岐にわたる時代を彩り、未完ながら個性豊かに生きた作家たちの作品を通して、日本洋画の青春ともいうべき様相を紹介した。

ウフィツィ美術館所蔵―17世紀イタリア素描展

会期:昭和62年10月30日(金)~11月29日(日)
主催:岐阜県美術館、ウフィツィ美術館
後援:外務省・文化庁・イタリア大使館
出品点数:80点

本展は、バロック全盛期にあたる17世紀イタリアの代表的芸術家67人の素描80点によって構成された。当時領邦国家の分立に成り立っていたイタリアという国柄の特殊性に由来する、各地方流派の系譜をもたどることができた。また前代の巨匠たち、レオナルドやミケランジェロが各々の個性を刻印した地方流派の様式、すなわち、芸術観が二つの大きな流れを形成し、その流れがバロックの時代に注ぎ込まれたという歴史的事実をも、看取できる展観であった。

今日の造形5
李禹煥展 ~感性と論理の軌跡~

会期:昭和63年1月5日(火)~2月11日(木)
主催:岐阜県美術館
出品点数:50点

本展は、現代を生きる一人の作家が、現代をどのように感受し、どのような造形理念によって表現行為を成立させているかを探知しようとするとともに、現代美術とは何か、日本美術の独自性、国際性とは何かといった、現代美術をめぐる今日的な問題を問おうとしたものである。
李禹煥は、日本の現代美術の勃興期ともいえる1950年代半ばに来日し、以後、日本を創作の場として目覚ましい活躍をしている。“もの派”を代表する作家として、理論と実践の両面にわたり、日本の現代美術の展開に大きな影響をあたえた。時流に与しないその独自な表現は、国際的にも高く評価されている。
1980(昭和55)年以降、現在までに制作された作品から絵画36点、彫刻14点を選抜し、展観した。彫刻は、1点を除いて、再制作、新作ともに岐阜において制作したものであり、使用した自然石は、地元の揖斐石が用いられた。

郷土作家シリーズ4
天衣無縫の芝居絵師・中川とも展

会期:昭和63年2月23日(火)~3月21日(月)
主催:岐阜県美術館
後援:中津川市・恵那市
出品点数:139点

中川ともは、中央の画壇とはほとんど無縁に郷土に根づいた姿勢で、地道で真摯な画業を91歳で没するまでの長きにわたって貫徹し、独特な絵画世界を開拓した女流画家である。1890(明治23)年に中津川に生まれ、1921(大正10)年から数年間、大垣高等女学校で美術を教えた後、中津川と恵那で制作にうちこんだ。
本展では、芝居絵を中心に、初期の日本画や油彩画を併せて展観した。また、文楽の首などを描いた色紙を、一部展示替えしながら紹介した。139点の出品作により、中川ともの業績の全貌を捉える初めての機会となった。